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四条への手紙 もっと素晴らしい四条通にして行きたい・・・。そんな想いのページです。さまざまな方々からのいろいろな視点でのお手紙を頂戴しております。

京都から世界へ発信を

株式会社アシスト 代表取締役 ビル・トッテン

和44年(1969年)、28歳で日本についての知識もあまりないまま、当時働いていた米国企業から市場調査を命じられて来日したのが日本との邂逅であった。芝居の『ミカド』や映画の『サヨナラ』を観て想像していたのとは大違いで、日本には人力車もなかったし、着物を着ているひともほとんどいなくてがっかりした記憶がある。

の人生は、この日本行きで大きく変わることになる。米国の会社を辞めて再来日し、東京にコンピュータ・パッケージソフトウェアの販売会社を設立した。そしてそれ以来、人生の半分以上を日本で過ごし、2006年にはとうとう念願の日本国籍を取得した。

の実家のある京都に居を移して、はや15年近くになる。私の会社は全国11箇所に事業所があるが、商売はどうしても東京や大阪といった大都市が中心である。しかし本業であるコンピュータを上手く活用すれば、日本のどこに住もうとも商売ができることに気がつき、まずは自分からこの遊牧民のような仕事のやり方を実践しようと、京都への転居を決めた。

が生まれ育った南カリフォルニアは、家のそばには川も山もない砂漠のようなところだ。季節は一年中同じ、食べ物にもほとんど変化はない。だから京都に住むようになって、あらためて日本の四季の移り変わる様を経験した時の感動は、今でも忘れられない。京都の良さは何かと聞かれれば、いくつも挙げられる。食べ物も地酒もおいしいし、長く暮らしていた東京とは、まず空気からして違うのだ。京都では、愛用の自転車でどこにでも行くことができる。

都への愛着が増すにつれ、その変貌には戸惑いも覚える。人間の活動によって地球温暖化が進んでいることは、この冬の暖かさをふりかえるとよい。私が残念でならないと思うのは、温暖化防止のヒントが京都には数多あるのに、人々はそれらを古いものとして捨て去り、闇雲に欧米の文化ばかり追い求めていることだ。

都という街は、これまで常に古いものと新しいものが共存してきたからこそ、「革新」を生み出し、それが古典として今日まで受け継がれてきたのだと思う。四条通りを歩く楽しみも、まさにそこにある。そして歴史や伝統が蓄積された街だからこそ、その文化や精神性を、いまこそ京都は自信を持って日本全国に伝えるべきだと思う。

い物を大切にすること、使い捨てをよしとしないこと。打ち水や門掃きといった周りへの配慮。京都の風土とともに育った伝統野菜を愛し、川べりの桜を大切にすることなど、自然と共生して初めて真に人間らしい暮らしができるのだということを、京都は街全体で語っている。

都に生まれ育った人々には当たり前すぎることかもしれないが、途中から京都に住み、日本人の仲間入りをした私は、京都の持つすばらしさをぜひ再考していただけることを切に願っている。

ビル・トッテン(Bill Totten)
  • 1941年 米カリフォルニア州生まれ
  • 1963年 カリフォルニア州立大学卒業
  • 1963年 ロックウェル社(アポロ計画)勤務
  • 1967年 システム・デベロップメント社(SDC)勤務
  • 1969年 SDCに在籍しながら南カリフォルニア大学経済学博士号取得
    同年、SDCの社員として日本の市場調査のため初来日
  • 1972年 株式会社アシスト設立、代表取締役就任
  • 2006年 日本国籍取得
  • 著書に『日本は悪くない』(ごま書房)、『日本は略奪国家アメリカを棄てよ』(ビジネス社)他、多数

ビル・トッテン写真