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俵屋「古代布が語りかける“目利き”の誇り」

職人の手仕事を愛した初代の思いを受け継いで。
古代布が語りかける「目利き」の誇り。

 瀬川に架かる四条小橋。それを東へ行ったところにある「俵屋」が四条通りに店を構えたのは第二次大戦末期のこと。もとは東山区新門前で昭和初期から骨董店を営んでいたところを、創業者である中井敬之助氏が古美術の商いも兼ねて和装小物等の商いをするために、支店として四条に店を新築したのだという。手作り小物類やオリジナル呉服の商いへと手を広げ、現在取り扱っている趣味の小物、ハンドバック、サイフ、印伝・友禅など伝統工芸を用いた商品等まで、長年この店ならではの持ち味を重視した品揃えに定評を得てきた。

の初代・敬之助氏はたいへん勉強熱心な人物で、骨董の修行を積んだのちに独立し、独学で英語を学んで欧米の人々とも商いをしていたという。古美術のなかでもとくに桃山・江戸時代の小袖や打ち掛けの研究に熱心で、ジャワ(現在のインドネシア)産の更紗の古代布の収集をライフワークにしていた。

 んな敬之助氏が古代布のプロデューサーとして腕を振るった真骨頂といえるのが写真の屏風。いまでは手に入らないような手の込んだ細工が美しい疋田の絞りや、見事な刺繍を施した江戸期の打ち掛けの古布が貼り交ぜされている。古代布は敬之助氏によって新たな魅力を吹き込まれ、愛好家たちの家々を飾った。

た、目利きとしての腕を買われた敬之助氏は、民芸運動の先駆者である柳宗悦とも親交があり、琉球の紅型(びんがた)を収集するため戦前の沖縄を訪れたこともあったという。
右の写真、右側の品は100年以上前の紅型を額装したもの。
左側は中国・明代の古代布で、どちらも敬之助氏が集めた稀少品だ。
「職人の手仕事を愛した初代の心を忘れないように」という思いから、この額装は大切に保管され、敬之助氏の孫に当たる三代目当主・山口真弓さんの手によっていまも時折、店舗に飾られることがあるという。

 之助氏はとくに沖縄の紅型に奥深い魅力を感じたのか、その伝統の型をもとにして店の包装紙をデザインさせている。それは創業から60年以上を数えるいまも変わることなく俵屋のシンボル。「印刷する場合も、いまのものよりひと手間もふた手間も掛かるのですが、それもこの店らしいのかな、と思っています」と真弓さんは笑顔を見せる。

めまぐるしく移り変わる流行のなかで、ブランドという「名」だけにとらわれることなく、「愛着をもって大切に使っていただけるもの、俵屋独自のものを揃えることを心がけていきたい」という真弓さん。その言葉には先々代から受け継いできた「目利き」としての誇りが宿っていた。

俵屋
京都市下京区四条通小橋東入ル橋本町107
TEL.075(221)2789